2025南東北3県ツーリング(後編)
2025/08/11 Mon Filed in: バイクツーリング
このエントリーに関する動画はのちほどアップします。
・8月6日(山形県天童市・尾花沢市〜銀山温泉〜宮城県大崎市・登米市・南三陸町・女川町・石巻市)

予定ルートマップ②
雨天ツーリングのいでたち
朝から雨。ホテルの玄関の屋根下に止めさせてもらえたので濡れるのは避けられるが、目の前の国道13号を走る車のロードノイズが激しい。雨だからレインウェアの上下と、オーバーグローブ、ブーツの中は普通の靴下の上にゴアテックス製の靴下(相当古いもの)を履いている。これで生半可なことでは濡れないはずだが、夏は体から出る水分が濡れたのと同じ効果を発揮する。レインウェアはモンベルのストームバイカー上下。ジャケットは袖口が二重になっているし,肘の上と腰のバタつきをおさえるベルクロが付いている。パンツも裾のバタつきをベルクロで押さえるしくみ。ロングツーリングでないと着ることはなかなかないが、今日は朝から雨だから着込む。非常に優秀なレインウェアだが、そのかわり蒸れる。

ミラーに引っかけたストームバイカージャケット後部シートとキャリアに乗せているのはシートゥサミットのダッフルバッグ45Lステンレスカラビナをループに引っかけて下からバンジーコードでX状に固定し、すぐに上部ファスナーを開けるようにしてある。上からかけるとファスナーを開けにくいただし、バッグが落ちないように走行中はロックストラップで上部から固定してある
オーバーグローブはテムレスの05overshell。カフが長く、ゴムヒモで絞れるようになっているので、レインウエアの袖口の二重構造の真ん中に入れると濡れないが,最上層に被せて絞っても何とか行けそう。

テムレス05overshiell 普通のメッシュグローブの上から
ゴアテックスの靴下は普通の靴下の上から履くタイプだが、それ自体を履く時とブーツを脱ぎ履きする時のストレスがある。ブーツ(No.145)が完全防水ではないために、一日中雨だとそれなりに滲みてくることへの対策がこのオーバーソックスである。夏は滲みてきた水で足が冷えることはまずないが、冬は有効だろう。ただ、古すぎてソックスの中のシームテープが全て剥がれ、粉状のものが内部に充満していた。20年以上前にこれを購入したきっかけは、テレマークスキーの革ブーツも同様の構造で、雪の中なので常時水分が滲みてくることに対する対策だった。長くプラブーツを履いているので、久しぶりに引っ張り出してみたが、今回の惨状でほぼ廃棄決定である。今ならもっと安くオーバーソックスは買い求めることができる。
おたふく手袋のオーバーソックス 2,500円弱だ
この日のルート
国道13号バイパスを北上し、尾花沢まで走ると交通量がかなり減った。国道347号、県道29号で銀山温泉へ。写真で見る川と温泉街を一目見たかっただけなのだが、狭い土地でバイクを止める程度の公共駐車場も見当たらず、かと言って遠くに止めて往復500円のシャトルバスに乗るのも濡れネズミのライダーとしては面倒で迷惑だと思われ、Uターンして国道に戻り、宮城県まで国道347号で山越えする。県境を越えるとなんとなく雨足が弱まってきたように思える。山形県とはこれでしばらくサヨナラだが、今回は雨続きでいいことがなかった。写真も動画も山形県内ではほとんど撮影できなかった。

銀山温泉手前の大正ろまん館駐車場 まだ雨が降り続いている
ここからシャトルバスが出る
宮城県を東へ 晴れてきた
加美町、大崎市と西から東に向かい、信号の多い大崎市内を走って国道108号に乗る。県道175号から土地勘なくわからない場所を音声ナビを頼りに走り(おそらく瀬峰から県道1号を使って長沼の南岸を経由した)、登米市の教育資料館(かつての登米高等尋常小学校跡)の目の前を通って北上川を越える。25年ほど前の夏、小牛田から路線バスでこの教育資料館へ来たことがあるが、もっとのんびりしたところにあったような気がする。
北上川下流はさすがにゆったりして長大な川だ。北上川の左岸を遡って国道398号で志津川へ。自動車専用道路を使えば早いのだろうが、面白みは欠けるのでこの3ケタ国道がいい。

志津川の南三陸311メモリアル(24年に開館した)
さんさん商店街に隣接している。見学はしなかった
南三陸の「さんさん商店街」で海鮮丼を食べようとしてその高額さに慄き、諦めてまた安い冷やしたぬき蕎麦を食べ、県道238号で女川方面に向かう。道路沿いの丘陵地を造成して海岸沿いにかつてあった集落が集団で海岸から津波の影響のない内陸の県道沿いに移住して「団地」を形成しているのが実感できた。 志津川までは雨がぱらついていたが、晴れ間も見えてきた。 旧大川小学校の津波遺構を見学する頃には夏空が戻ってきた。
大川小学校から女川・牡鹿半島へ
北上川河口から4kmほどの右岸に旧大川小学校の跡地、震災遺構が残されている。無料で外観を歩いて見学することができるのだが、津波の破壊力のすさまじさ、在校生のほぼ8割、教職員のほとんどが帰らぬ人になったことを思うと正視はできない。震災から15年近く経ってもこの周辺にはまったく人の生活の香りがしないことを考えると、北上川河口を襲った津波が残した影響は計り知れない。
旧大川小学校の津波遺構
しかし天気は好転した

旧大川小学校津波遺構の一部
やや重い気持ちで海岸線の狭い屈曲路を改良した国道398号で道の駅女川まで走って小休憩。塩サイダーを買って飲んだ。見知らぬおじさんから声かけられ、バイク2台ともレトロなバイクだなあと言われた。おじさんもエストレヤRSをW230に乗り換えたそうだが、あまり乗れていないとのこと。地方在住だとつい便利な四輪での移動が主になってしまうのかな?

石巻名物、塩サイダー(ここは女川だが・・)
前もって走ろうと思っていた県道270号、通称コバルトラインを走るといいよとおじさんから言われ、計画は正しかったとその気になって牡鹿半島尖端まで行ってから石巻へ行くことにする。しだいに雨雲が垂れ込めてはいたのだが、雨にたたられない幸運に期待して気持ちよく半島の尾根のワインディングを楽しんでいたら急に雨が降り始めた。これはパラパラ降る雨ではなさそうなので、再びレインウェアを路肩の木の下で着込む。革パンツの私はまたジャケットのみ。あまりに雨足が強くなってきたので、鬼形峠で半島最先端への南下を諦めて鮎川浜へ下り、県道2号で石巻へ向かう。万石浦を右手に見るころやや降りが弱くなり、給油を済ませて石巻のホテルにたどり着いたら雨はほぼ上がっていた。本当に雨に翻弄されるツーリングだ。近くのファミレスで食事を済ませてホテルに戻るころ、再び雨が降り出した。天気予報では翌日も午前中は雨、時間帯によっては降水量が多くなるとのことで意気消沈しながら夜を過ごす。
・8月7日(宮城県石巻・東松島〜太平洋沿岸を南下〜福島第一原発近辺〜阿武隈山地〜福島県棚倉町〜栃木県北部)

最初はこのような内陸ルートを計画。これも幹線国道を外しているので面白いかも?

現実には天気予報と走りながら見たい風景を考慮して変更したルート
EからHまでのルートが最高だった
雨の予報は嬉しいハズレ予報
朝の予報では朝から昼過ぎまでずっと雨、時間帯によっては1時間に5ミリなどという情報だったが、朝8時に外へ出てみたらほとんど降っていない。レインウェア上下とオーバーグローブ、靴下の上にゴアテックス靴下を部屋から履いてきたのに拍子抜け。 でも降ってないということは気持ちよく走れるということで、願ったり叶ったりである。
宮戸島・松島海岸

野蒜海岸から東を臨む
まずは野蒜海岸から宮戸島の月浜まで往復する。宮戸島は震災前に自分のカヤックで一周したことがある。その時と変わっていたのは、まずJRの線路が内陸に付け替えられていたこと、砂浜の沿岸にコンクリートの防波堤が造られていたこと、宮戸島内部でも宿泊施設や立ち寄りどころが更新されていたこと、民宿が集中していた月浜海岸の民宿が津波で無くなり、より内陸へ移動していたことなど。特に停車してやることがあるわけでもないので、走りながら観察してそのまま松島方面へ。
さすがに松島近辺は観光地で道路の流れも滞りぎみ。
仙台港以南は津波対策の防波堤道路へ
走っていたのは国道45号だが、塩竈・仙台港が近づくにつれて信号が多くなり、大型トラックやトレーラーが増え、順調には進まなくなるが、仙台港公演近くの倉庫エリアを越えたら流れるようになってきた。県道10号に乗れたら、そのまま堤防上の道路として直線的に南下できる。だが、少々雨足が強まってきた。海浜公園の駐車場で軽く休憩して、再出発。仙台空港の滑走路下をくぐったらだいぶ晴れてきたのでコンビニ駐車場で休憩がてらレインウェアを脱ぐ。

海浜公園の馬術場
福島県浜通りへ
どうやらしばらく天気は持ちそうで、阿武隈川河口を横断して亘理町と山元町を走って宮城県はおしまいだ。南東北の最上川・北上川・阿武隈川いずれも立派な大河だった。福島県新地町から相馬市、南相馬市へと県道38号、国道6号で南下していく。南相馬の市街地までは原発から距離もあり、三陸海岸からずっと続くのと同じような風景(巨大なコンクリート堤防、海岸沿いは荒地化、道路より内陸は商店や住宅街が広がる)だったが、ここから南は福島第一原発が近づくため事情が異なってくる。
福島第一原発近辺
11年前の2014年、福島第一原発から半径20km圏の国道6号が一般車両(四輪のみ)にも開放され、翌年の5月連休中に自分の車で南相馬の道の駅まで往復したことがある。震災後4年を経た当時、ここを通るには駐停車禁止、エアコンは内気循環が奨励されていた。放射線の線量も高めだった。そこで見たものは、国道沿いの商業施設の崩壊と廃屋化。国道から脇道への分岐に全てフェンスが設置され、入れたのは富岡駅、村上海岸、小高駅前通りとその奥の住宅地くらいだった。 2020年に二輪も通行可能になり、ここはずっとバイクで行きたかったところだ。もう14年も経つのだから、10年前と比較しても復興は進んでいるものということは推測できる。 実際走ってみると、かつて原発や周辺の除染に従事していた人たちを乗せたバスや大型ダンプばかりが通過していた様子とはずいぶん異なり、普通の乗用車や商用車、大型長距離トラックなどが行き交っている。バイクはまだ滅多に見ないのだが、ロードサイドにはコンビニやGSが復活していて、確実に原発に近い場所にまで人々の生活の匂いがするようになってきた。 だが、原発を南北に挟んでいる双葉町と大熊町のロードサイドはまだ人の生活の気配がない。10年前に見たフェンスは生きているし、駐車場に生えた雑草はそのままだが営業しているのかしていないのか判別し難い商業施設(特にケーズデンキ)が存在していたり、廃虚と化して朽ち果てつつあるパチンコ屋がそのままだったりする。 第一原発の土地は国道からは見えないものの、敷地内部での状況はなかなか好転しないだろう。原発の事故の影響はもう15年も続いているし、後世に長く傷跡を残す原発を復活させようという最近の発想には私は組みしない。
富岡駅

リニューアルされた富岡駅

だだっ広い駐車場になっているが、かつての宿泊施設はなくなった
10年前に立ち寄った富岡駅前に行ってみた。10年前は国道および脇道から見える家屋に誰も住んでいる気配はなく、駅前の中華料理店もガラスが割れたまま放置されていた。富岡駅の駅舎は津波でさらわれて存在せず、常磐線も不通、駅舎の南側にあったJRAの場外馬券売り場「WINSとみおか」も崩壊していた。現在は駅と常磐線が復活し、駅前のロータリーと駐車場が完成して、すぐ北には住宅地が広がっている。津波の影響のことなど思い出せないくらい。 原発の影響さえなければ、このような復興が可能なのだ。

2015年5月5日に一人で福島第一原発近辺をドライブしたときの写真
中華料理店はいわき市に移転して現在でも営業を続けている
富岡町から阿武隈山地を縫って内陸へ

棚倉町のコンビニ駐車場から すっかり晴れた
県道112号、36号を走って西へ向かう。県道36号は自動車専用道「あぶくま高原道路」になっていて、無料供用されているが、直線的で眠くなってくる。このまま走っていると有料区間に導かれるので、音声ナビに従わず県道286号で小野町、県道42号で平田村、県道140号で石川町方面へ。国道118号で棚倉町まで来れば、あとは県境をまたぐ県道60号で栃木県大田原市へ入れる。最後の休憩をして、日陰の峠道で道路脇に清流が流れる県道60号へ。非常に涼しくて快適。この県道は、2023年11月に一人で走ったルートの一部だ。下山した井王野で給油をして、大田原市を抜けて別宅へ。この日だけでも走行距離303kmあったが、17時台に到着できた。ここまで自宅を出てから1,000kmを越えた。さすがに腰回りや手のひらの疲労が溜まっている。
・8月6日(山形県天童市・尾花沢市〜銀山温泉〜宮城県大崎市・登米市・南三陸町・女川町・石巻市)

予定ルートマップ②
雨天ツーリングのいでたち
朝から雨。ホテルの玄関の屋根下に止めさせてもらえたので濡れるのは避けられるが、目の前の国道13号を走る車のロードノイズが激しい。雨だからレインウェアの上下と、オーバーグローブ、ブーツの中は普通の靴下の上にゴアテックス製の靴下(相当古いもの)を履いている。これで生半可なことでは濡れないはずだが、夏は体から出る水分が濡れたのと同じ効果を発揮する。レインウェアはモンベルのストームバイカー上下。ジャケットは袖口が二重になっているし,肘の上と腰のバタつきをおさえるベルクロが付いている。パンツも裾のバタつきをベルクロで押さえるしくみ。ロングツーリングでないと着ることはなかなかないが、今日は朝から雨だから着込む。非常に優秀なレインウェアだが、そのかわり蒸れる。

ミラーに引っかけたストームバイカージャケット後部シートとキャリアに乗せているのはシートゥサミットのダッフルバッグ45Lステンレスカラビナをループに引っかけて下からバンジーコードでX状に固定し、すぐに上部ファスナーを開けるようにしてある。上からかけるとファスナーを開けにくいただし、バッグが落ちないように走行中はロックストラップで上部から固定してある
オーバーグローブはテムレスの05overshell。カフが長く、ゴムヒモで絞れるようになっているので、レインウエアの袖口の二重構造の真ん中に入れると濡れないが,最上層に被せて絞っても何とか行けそう。

テムレス05overshiell 普通のメッシュグローブの上から
ゴアテックスの靴下は普通の靴下の上から履くタイプだが、それ自体を履く時とブーツを脱ぎ履きする時のストレスがある。ブーツ(No.145)が完全防水ではないために、一日中雨だとそれなりに滲みてくることへの対策がこのオーバーソックスである。夏は滲みてきた水で足が冷えることはまずないが、冬は有効だろう。ただ、古すぎてソックスの中のシームテープが全て剥がれ、粉状のものが内部に充満していた。20年以上前にこれを購入したきっかけは、テレマークスキーの革ブーツも同様の構造で、雪の中なので常時水分が滲みてくることに対する対策だった。長くプラブーツを履いているので、久しぶりに引っ張り出してみたが、今回の惨状でほぼ廃棄決定である。今ならもっと安くオーバーソックスは買い求めることができる。

おたふく手袋のオーバーソックス 2,500円弱だ
この日のルート
国道13号バイパスを北上し、尾花沢まで走ると交通量がかなり減った。国道347号、県道29号で銀山温泉へ。写真で見る川と温泉街を一目見たかっただけなのだが、狭い土地でバイクを止める程度の公共駐車場も見当たらず、かと言って遠くに止めて往復500円のシャトルバスに乗るのも濡れネズミのライダーとしては面倒で迷惑だと思われ、Uターンして国道に戻り、宮城県まで国道347号で山越えする。県境を越えるとなんとなく雨足が弱まってきたように思える。山形県とはこれでしばらくサヨナラだが、今回は雨続きでいいことがなかった。写真も動画も山形県内ではほとんど撮影できなかった。

銀山温泉手前の大正ろまん館駐車場 まだ雨が降り続いている
ここからシャトルバスが出る
宮城県を東へ 晴れてきた
加美町、大崎市と西から東に向かい、信号の多い大崎市内を走って国道108号に乗る。県道175号から土地勘なくわからない場所を音声ナビを頼りに走り(おそらく瀬峰から県道1号を使って長沼の南岸を経由した)、登米市の教育資料館(かつての登米高等尋常小学校跡)の目の前を通って北上川を越える。25年ほど前の夏、小牛田から路線バスでこの教育資料館へ来たことがあるが、もっとのんびりしたところにあったような気がする。
北上川下流はさすがにゆったりして長大な川だ。北上川の左岸を遡って国道398号で志津川へ。自動車専用道路を使えば早いのだろうが、面白みは欠けるのでこの3ケタ国道がいい。

志津川の南三陸311メモリアル(24年に開館した)
さんさん商店街に隣接している。見学はしなかった
南三陸の「さんさん商店街」で海鮮丼を食べようとしてその高額さに慄き、諦めてまた安い冷やしたぬき蕎麦を食べ、県道238号で女川方面に向かう。道路沿いの丘陵地を造成して海岸沿いにかつてあった集落が集団で海岸から津波の影響のない内陸の県道沿いに移住して「団地」を形成しているのが実感できた。 志津川までは雨がぱらついていたが、晴れ間も見えてきた。 旧大川小学校の津波遺構を見学する頃には夏空が戻ってきた。
大川小学校から女川・牡鹿半島へ
北上川河口から4kmほどの右岸に旧大川小学校の跡地、震災遺構が残されている。無料で外観を歩いて見学することができるのだが、津波の破壊力のすさまじさ、在校生のほぼ8割、教職員のほとんどが帰らぬ人になったことを思うと正視はできない。震災から15年近く経ってもこの周辺にはまったく人の生活の香りがしないことを考えると、北上川河口を襲った津波が残した影響は計り知れない。

旧大川小学校の津波遺構
しかし天気は好転した

旧大川小学校津波遺構の一部
やや重い気持ちで海岸線の狭い屈曲路を改良した国道398号で道の駅女川まで走って小休憩。塩サイダーを買って飲んだ。見知らぬおじさんから声かけられ、バイク2台ともレトロなバイクだなあと言われた。おじさんもエストレヤRSをW230に乗り換えたそうだが、あまり乗れていないとのこと。地方在住だとつい便利な四輪での移動が主になってしまうのかな?

石巻名物、塩サイダー(ここは女川だが・・)
前もって走ろうと思っていた県道270号、通称コバルトラインを走るといいよとおじさんから言われ、計画は正しかったとその気になって牡鹿半島尖端まで行ってから石巻へ行くことにする。しだいに雨雲が垂れ込めてはいたのだが、雨にたたられない幸運に期待して気持ちよく半島の尾根のワインディングを楽しんでいたら急に雨が降り始めた。これはパラパラ降る雨ではなさそうなので、再びレインウェアを路肩の木の下で着込む。革パンツの私はまたジャケットのみ。あまりに雨足が強くなってきたので、鬼形峠で半島最先端への南下を諦めて鮎川浜へ下り、県道2号で石巻へ向かう。万石浦を右手に見るころやや降りが弱くなり、給油を済ませて石巻のホテルにたどり着いたら雨はほぼ上がっていた。本当に雨に翻弄されるツーリングだ。近くのファミレスで食事を済ませてホテルに戻るころ、再び雨が降り出した。天気予報では翌日も午前中は雨、時間帯によっては降水量が多くなるとのことで意気消沈しながら夜を過ごす。
・8月7日(宮城県石巻・東松島〜太平洋沿岸を南下〜福島第一原発近辺〜阿武隈山地〜福島県棚倉町〜栃木県北部)

最初はこのような内陸ルートを計画。これも幹線国道を外しているので面白いかも?

現実には天気予報と走りながら見たい風景を考慮して変更したルート
EからHまでのルートが最高だった
雨の予報は嬉しいハズレ予報
朝の予報では朝から昼過ぎまでずっと雨、時間帯によっては1時間に5ミリなどという情報だったが、朝8時に外へ出てみたらほとんど降っていない。レインウェア上下とオーバーグローブ、靴下の上にゴアテックス靴下を部屋から履いてきたのに拍子抜け。 でも降ってないということは気持ちよく走れるということで、願ったり叶ったりである。
宮戸島・松島海岸

野蒜海岸から東を臨む
まずは野蒜海岸から宮戸島の月浜まで往復する。宮戸島は震災前に自分のカヤックで一周したことがある。その時と変わっていたのは、まずJRの線路が内陸に付け替えられていたこと、砂浜の沿岸にコンクリートの防波堤が造られていたこと、宮戸島内部でも宿泊施設や立ち寄りどころが更新されていたこと、民宿が集中していた月浜海岸の民宿が津波で無くなり、より内陸へ移動していたことなど。特に停車してやることがあるわけでもないので、走りながら観察してそのまま松島方面へ。
さすがに松島近辺は観光地で道路の流れも滞りぎみ。
仙台港以南は津波対策の防波堤道路へ
走っていたのは国道45号だが、塩竈・仙台港が近づくにつれて信号が多くなり、大型トラックやトレーラーが増え、順調には進まなくなるが、仙台港公演近くの倉庫エリアを越えたら流れるようになってきた。県道10号に乗れたら、そのまま堤防上の道路として直線的に南下できる。だが、少々雨足が強まってきた。海浜公園の駐車場で軽く休憩して、再出発。仙台空港の滑走路下をくぐったらだいぶ晴れてきたのでコンビニ駐車場で休憩がてらレインウェアを脱ぐ。

海浜公園の馬術場
福島県浜通りへ
どうやらしばらく天気は持ちそうで、阿武隈川河口を横断して亘理町と山元町を走って宮城県はおしまいだ。南東北の最上川・北上川・阿武隈川いずれも立派な大河だった。福島県新地町から相馬市、南相馬市へと県道38号、国道6号で南下していく。南相馬の市街地までは原発から距離もあり、三陸海岸からずっと続くのと同じような風景(巨大なコンクリート堤防、海岸沿いは荒地化、道路より内陸は商店や住宅街が広がる)だったが、ここから南は福島第一原発が近づくため事情が異なってくる。
福島第一原発近辺
11年前の2014年、福島第一原発から半径20km圏の国道6号が一般車両(四輪のみ)にも開放され、翌年の5月連休中に自分の車で南相馬の道の駅まで往復したことがある。震災後4年を経た当時、ここを通るには駐停車禁止、エアコンは内気循環が奨励されていた。放射線の線量も高めだった。そこで見たものは、国道沿いの商業施設の崩壊と廃屋化。国道から脇道への分岐に全てフェンスが設置され、入れたのは富岡駅、村上海岸、小高駅前通りとその奥の住宅地くらいだった。 2020年に二輪も通行可能になり、ここはずっとバイクで行きたかったところだ。もう14年も経つのだから、10年前と比較しても復興は進んでいるものということは推測できる。 実際走ってみると、かつて原発や周辺の除染に従事していた人たちを乗せたバスや大型ダンプばかりが通過していた様子とはずいぶん異なり、普通の乗用車や商用車、大型長距離トラックなどが行き交っている。バイクはまだ滅多に見ないのだが、ロードサイドにはコンビニやGSが復活していて、確実に原発に近い場所にまで人々の生活の匂いがするようになってきた。 だが、原発を南北に挟んでいる双葉町と大熊町のロードサイドはまだ人の生活の気配がない。10年前に見たフェンスは生きているし、駐車場に生えた雑草はそのままだが営業しているのかしていないのか判別し難い商業施設(特にケーズデンキ)が存在していたり、廃虚と化して朽ち果てつつあるパチンコ屋がそのままだったりする。 第一原発の土地は国道からは見えないものの、敷地内部での状況はなかなか好転しないだろう。原発の事故の影響はもう15年も続いているし、後世に長く傷跡を残す原発を復活させようという最近の発想には私は組みしない。
富岡駅

リニューアルされた富岡駅

だだっ広い駐車場になっているが、かつての宿泊施設はなくなった
10年前に立ち寄った富岡駅前に行ってみた。10年前は国道および脇道から見える家屋に誰も住んでいる気配はなく、駅前の中華料理店もガラスが割れたまま放置されていた。富岡駅の駅舎は津波でさらわれて存在せず、常磐線も不通、駅舎の南側にあったJRAの場外馬券売り場「WINSとみおか」も崩壊していた。現在は駅と常磐線が復活し、駅前のロータリーと駐車場が完成して、すぐ北には住宅地が広がっている。津波の影響のことなど思い出せないくらい。 原発の影響さえなければ、このような復興が可能なのだ。

2015年5月5日に一人で福島第一原発近辺をドライブしたときの写真
中華料理店はいわき市に移転して現在でも営業を続けている
富岡町から阿武隈山地を縫って内陸へ

棚倉町のコンビニ駐車場から すっかり晴れた
県道112号、36号を走って西へ向かう。県道36号は自動車専用道「あぶくま高原道路」になっていて、無料供用されているが、直線的で眠くなってくる。このまま走っていると有料区間に導かれるので、音声ナビに従わず県道286号で小野町、県道42号で平田村、県道140号で石川町方面へ。国道118号で棚倉町まで来れば、あとは県境をまたぐ県道60号で栃木県大田原市へ入れる。最後の休憩をして、日陰の峠道で道路脇に清流が流れる県道60号へ。非常に涼しくて快適。この県道は、2023年11月に一人で走ったルートの一部だ。下山した井王野で給油をして、大田原市を抜けて別宅へ。この日だけでも走行距離303kmあったが、17時台に到着できた。ここまで自宅を出てから1,000kmを越えた。さすがに腰回りや手のひらの疲労が溜まっている。